日和良しなれど悲しき春の空

のんびりとした午後、ギルモア邸の庭先では花ゴザが広げられていた。

家の中からこんな会話が聞こえてくる。
「中味は何がいいの？」
「梅干としゃけ」
「好きねぇ、梅干」
「日本人ですから」

台所ではフランソワーズとハインリヒとジョーがおにぎりを握っていた。
「なんで、俺が手伝わにゃならんのだ」
「働かざるもの食うべからずって言うじゃない」
「何か違うと思うが……」
「数が多いからさ、僕らだけじゃ手が足りない」
「加速装置でも何でも使え。ドイツ人に米の飯を握らせるな」
「まぁまぁ」

その後ろのテーブルではピュンマがポットにお茶を詰めている。
「これもお茶？」
「ほうじ茶だよ」
「いい香りだね」
「緑茶とはまた違って、いいだろう？」

車の止まる音が聞こえ、騒々しくジェットとジェロニモが帰ってきた。尤も、騒々しいのは片方だけだが。
「酒、買ってきたぜー」
「日本酒は指定のがなかったので、店主の勧めたのを買ってきた。あとはビールを何種類か」
「一の蔵か、これもおいしいよ」

一方、コンロの前では張々湖が腕を振るっている。
「一般家庭のガスだと火力が足りないネ」
「大人は自前のがあるじゃないか」
「鍋も料理も黒焦げ、いいか？」
「よくないよくない」

ひとしきり笑ったところへイワンを抱いたギルモアが入ってきた。
「もう準備は出来たのかな。何か手伝うことはないかね」
「博士は特等席へどうぞ。グレートがパラソルを出してるはずですから」
促されて庭へでたギルモアはグレートに声をかけ、イワンをパラソルの下に座らせた。
「おすわりが上手になったな、坊や」
「ヨッパラッテルトキノグレートヨリハネ」
「なんとも可愛くない赤ん坊だこと」
「カワイイナンテオモッタコトナイクセニ」
「まぁまぁ二人とも、大人気ない」
「ホラ」

けらけらとイワンが笑っているところへ、料理と飲み物が運ばれてきた。
「じゃ、始めますか」
そして花を愛でる宴が始まる。わいわいがやがや。多少いびつなおにぎり。熱いお茶。花見弁当。上手い酒。座れるようになった赤ん坊が手遊びを披露する。拍手喝采。赤ん坊のする照れ隠しの解説に大人が茶々を入れる。
そんな様子をジョーは幸せそうに見やっていた。
（でも……）
皆が知っている。今こうしている時でも、銃が撃たれているかもしれないこと、泣く事すら出来ない赤ん坊がいること、憎しみをつのらせる残された家族達がいることを。
ジョーは青空を見上げた。
（みんなが平和を望んでいるんだろうに……）
その望み方が問題であることが、悲しくて。

……こんな平和が世界にきますように……

こんな春の日に悲しい願い。それでもそれがほんの少しでも神様に届くなら。

……世界が平和になりますように……

日和良しなれど悲しき春の空……。

- 了 -

presented by takaba
『春近し、、、』